「まずいもの戦記」特別編 2
ー S A D O ー
これは、今からおよそ10年前、妻が家族旅行の旅行先で体験した話である。
最初に妻からこの話を聞いたとき、オレは、妻には申し訳ないが、爆笑させていただいた。
そのときの面白さが少しでもこのページで伝えられていれば、と思う。
それにしても・・・・・・・・・・。
やっぱ「オレの妻になるだけのことはあるな」と思いましたよ、ホント。
・・・・・・・・あれは、確か私が中学生の頃でした。
私は、春休みを利用して、家族で2泊3日の佐渡島旅行を楽しんでいました。
その旅行2日目のこと、私達は「佐渡の美味しい物を食べに行こう」と現地でガイドブックを買って、どの店に行こうか調べ始めました。
――――― そう、私達はあくまでも美味しい物を食べに行くつもりだったのです。
どこぞの誰かみたいに、好きこのんでまずい物を食べに行くつもりなど、毛頭無かったのです。
まぁ、それはともかく。
そのガイドブックには、1軒のおそば屋さんが紹介されていました。
店の名前はもう忘れてしまいましたが、確か紹介文は"手作りの手打ちそば"とか、そんな感じのことが書いてあったと思います。
その場は「じゃあ、このそば屋に行こうか」ということで話は落ち着いたんですが、なぜか非常にイヤな予感がした私は、その店に向かう途中で、念のためもう1冊別のガイドブックを見てみることにしました。
すると、その本にも、私達がこれから行こうとしているそば屋が紹介されていました。
曰く、"おふくろの味"。
「ガイドブックを2冊見て、その2冊ともに載っている店なんだから、これは間違いないだろう」
そう思いました。
今になって思えば、直感を信じるべきだったのかもしれません。
それに、よく考えれば、ガイドブックには「手作り」とか「おふくろの味」とは書いてありましたが、「とにかくウマイ!」「絶品!」といった類の単語は、どこにも載ってなかったような気がします。
店に着きました。
外観は、かなり年季の入った平屋の木造立て。
良く言えば「風情がある」ということになるんでしょうが、店の外観を見て家族の顔がみるみる曇っていったのを見ると、どうやらみんな悪い方にとっているようでした。
おそるおそる中に入ってみると、昼飯時だというのに客は1人もいませんでした。
店の中は20畳ほどの広さ。掃除された気配がまったく無さそうな店内を見て、家族の顔はますます曇っていきました。
しばらくすると、年の頃70くらいのお婆さんが注文を取りに来ました。
どうも、お婆さんは足があまり思うように動かないらしいようでした。
おのおの注文を頼むと、お婆さんはゼンマイ仕掛けのからくり人形のような動きで台所へと消えていきました。
重苦しい雰囲気が支配する店内。
その空気に耐え切れず店の中の散策を始めると、本棚に「サンデー」があったので、それを持ってきて読むことにしました。
しかし、ページを開いて、私は愕然としました。
そのサンデーには、父が2年前に古本市で買って来たあだち充のマンガが、リアルタイムで連載されていたのです。
「出たい・・・・・・・・・・・・とにかく、今は早くそばを食べて、この店から出たい」
注文を頼んでから15分、私はその一心でした。
私だけではなく、たぶん家族全員がそう願っていたと思います。
が。
注文を頼んでから30分、テーブルには未だに誰のそばも出てきていません。
「おかしいな」とは思いましたが、「たぶん、そば打ちとかから本格的にやってるんだろう」とむりやり好意的に解釈して、そばを待つことにしました。
が。
・・・・・・・・注文を頼んでから1時間、未だに誰のそばも出てきていません。
「いくらなんでもこれはおかしい」と思い、妹と2人で台所をのぞいてみると、先ほど注文を取りに来た足の不自由そうなお婆さんが、たった1人でそばを茹でたり山菜を切ったりしていました。
(まさか・・・・・・この店、あの婆さん一人で切り盛りしてるんじゃ・・・・・・・・・・・・・・)
大正解でした。
そばもあらかた出来上がってしまったこの期に及んで「やっぱり帰ります」というワケにもいかず、私達は老婆がそばを作り上げるのを、ホコリっぽい家屋の中でひたすら待ちました。
もちろん、その間、お客さんは誰1人として来やしませんでした。
・・・・・・・・注文を頼んでから1時間半、ようやく全員分のそばが出てきました。
ダシは、たぶんかつお節。
後にも先にも、お風呂よりもぬるい麺汁を飲んだのはこれが初めてです。
麺はバサバサで、しかものびきってしまっていました。強いて良い点をあげるとしたら「消化に良さそう」くらいのもんです。
そして、今でも忘れられないのが、
20畳の部屋の隅で椅子に腰掛けて、
じっとこちらの様子を見ている老婆!
こんなの、食べないわけにはいかないでしょう!
「あぁ、無言の圧力ってこういうことなんだなぁ」と思いながら、私は目の前のそばのような物をただただ胃の中に送り込んでいました。
結局、15分〜20分くらいずーっとそばをすすっていたのですが、その間、何度も父母と目が合ってしまいました。
妹は、冷たいそばを頼んだ分だけまだ食せたらしいのですが、それでも結局半分くらい残していました。
よく食べる子だったハズの妹にとって、これは珍しいことでした。
何とかそばを食べ切った私達は、逃げるようにそのそば屋から帰りました。
その日の夜、私がお腹をこわしたのは言うまでもありません。
《教訓》
地方のガイドブックは、店が少ないせいもあるのでしょう、とにかく埋めたようなキライがありますので、店を選ぶ際には十分注意して下さい。
あと、信じるものは救われません。
いかがだっただろうか。
妻は、「未だに"佐渡島"というと、ここの忌まわしい思い出が最初に甦ってきてしまう」と嘆いている。
佐渡では、他にも金山だの港だのといろいろ観光をしたらしいのだが、
やはり一番印象に残っているのが、あのそば屋なのだそうだ。
なお、このそば屋が今も営業しているか、老婆は健在なのかどうかは、
残念ながら分からない。