「まずいもの戦記」特別編
我が良き同期(とも)よ
2年前。
当時新人くんだったオレは、同期の仲間とともに新人研修を受けている真っ最中だった。
その研修2日目の昼休みのこと。
オレは、Mくんに誘われるまま、とある店の前に案内された。
「じゃっ、がんばって」
そう言い残し、彼は人込みの中へと消えていった。
この店に来たのは、もちろん、この店で飯を食うためだ。
だが、そこの店構えは、どう見ても繁盛しているようには見えない。
「客来てんのか?――――
その前に、中に誰かいるのか?」というくらい、静まり返っている店内。
パッと見ただけで、デンジャーな雰囲気がビンビンに伝わってくる。
朝、「あんなこと」をMくんに言ってしまったのを、オレは少し後悔しだしていた。
話は、その日の午前中に遡る。
研修初日、オレはたまたま入った会社の近所のラーメン屋で、ゼラチンみたいなチャーシューの入ったクソまずいラーメンをお見舞いされていた。
もう既にその頃は、自分の味覚の異常さには気が付いていたので、久しぶりに感じた「まずい」という感覚に多少のショックを受けた。
で、その話を同期の仲間達にしていたところ、Mくんが
「イヤ、オレがこの前行った店はもっとすごかった」
と言った。
なんでも、その店の「さしみ定食」というのが、詳しくは言えないが、それはそれはすごい代物だったというのだ。
そんなバカな、と思った。
ピエール瀧の舌を持つこのオレが「まずい」と思ったということは、相当なラーメン屋のハズである。
その店を上回るような店が、そう簡単に存在するワケが無い。
そう思ったオレは、Mくんにこう告げた。
「じゃあ、その店、今日連れてってよ」
見るからにデンジャーなその店の外観を見て、オレは今日の朝の出来事を少し後悔しだしていた。
が、今さら逃げるわけにもいかない。意を決して、店のドアを開ける。
し――――――――――――――――――――――――――――ん。
だ〜れもいやしない。
「すいませ〜ん・・・・・・・」
自然と、声がか細くなる。
返事が無い。
もう一度「すいませ〜ん」と言おうと思い、深く息を吸い込んだそのとき、のれんの向こう側から店主らしき人物が出てきた。
店主は、客が来たことに若干驚いているようにも見えた。
やはり、外観から感じられた妖気は、モノホンだったらしい。
何か知らないけど妙に座り心地の悪い椅子に腰掛けて待っていると、億劫そうにオヤジが注文を取りに来た。
何を食うかは、決まっている。狙いは一つ、「さしみ定食」。
そして、億劫そうに、オヤジは再びのれんの向こうへと去っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
店には、オレとオヤジの2人だけ。
しかもオヤジは、5分ほど前に厨房にこもったまんま、出てくる気配が無い。
微妙な空気が店内を支配する。
しかし、その5分後。
突然、沈黙は破られた。
これまで、調理をしている気配すら無かった厨房から、突如として
「・・・・・・・・・・ダンッ!・・・・・・・・・・・・・・・・ダンッ!」
という、何かを切る音が聞こえてきたのである。
何事かと思い、のれんの合間からわずかに見える厨房の様子を見てみると、中でオヤジが何か赤レンガのようなものを必死に包丁で切り刻んでいるのが見えた。
(何だアレ?砥石か?
砥石だとしても、何でそんなものを切り刻んで・・・・・・・・・・・・まさかっ!)
凝視してみると、オヤジが切り刻んでいた赤レンガのような物体は、まぎれも無く凍ったマグロの赤身であった。
(オイオイ・・・・・・・・あんなガチガチに凍ったもの、どうやって溶かす気なんだ・・・・・・・・?)
しかし、そこからオヤジはオレの予想をはるかに越える荒業に出た。
あろうことか、オヤジはそのどうみても凍ったままのマグロの切り身を、おもむろに別の容器に移しはじめたのである。
(おいっウソだろう、
まさかそれを―――――――)
「お待たせしましたぁ〜」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
やりやがったぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
目の前には、
ご飯、みそ汁、お漬物の菜っ葉、
そして、
凍ったままのマグロの赤身と、ブツ切り。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「食え」とおっしゃる。
「食え」とおっしゃるのですね!?
ええ、分かりましたよ!食いましょうともさ!(←ヤケ気味)
えっと・・・・・・何だ、この緑の・・・・・・・・あ、わさびか。
うわぁ・・・・・・・・表面乾いてるじゃねぇか・・・・・・・・・・・・。
メインディッシュの赤身を箸でつまんでみる。
ぶはははははははは!
硬い!硬いぞ!刺身なのに!
そして、おそるおそる口に運んでみる。
ハハッ・・・・・・・・・。
冷てえぇ・・・・・・・・・・・・・冷てぇよ・・・・・・・・・刺身なのに・・・・・・・・・・・。
シャリッ
シャリッ
24年間生きてきたけど、初めてだ・・・・・・・・刺身のシャーベットなんて・・・・・・・・。
ズズッ
はぁ、みそ汁も・・・・・・・・・・・・ほど良い具合に冷めてらっしゃって・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・飯でも食うか。
モシャ
モシャ
ガリッ
ううう・・・・・・・・冷や飯の固まった部分が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
(ひどいよ・・・・・・・・ひどいよ・・・・・・・・・・・・)
オレは、半泣きになりながら、目の前の物を口に運んでいた。
さすがにこの時ばかりは、自分の好奇心の強さを恨んだ。
結局、確か半分も食わずに席を立ったんじゃないかと思う。
とにかく、一刻も早くここから出たかったのだ。
「何であんなものをお見舞いされて、しかも金まで払わなきゃならんのだ」という怒りを覚えつつ、お勘定。
屈辱外交だ。
オヤジは、ビンからお釣りを出してきやがった。
レジは、ずいぶん前から使われてないのであろう、ホコリをかぶったままである。
世界広しといえども、レジをインテリアにしてんのはオマエんとこくらいだぞ、オヤジ。
店を出る。
会社までの道のりが、ずいぶん遠く感じられた。
たぶん、朦朧としながら歩いてたんじゃないかと思う。
そして会社に着き、セミナールームでM君と目が合うや否や、「参りました!」と頭を下げた。
その後、その店は研修中の同期の一部で、密かなブームを呼んだ。
オレの涙ながらの被害話を聞いた同期の中に、「そんなにスゴイんなら、行ってみよう」という輩が出現したのである(さすがに、女性の中で「行ってみた」というツワモノはいなかったようだが)。
で、実際、店に行った中には「みそ汁を飲んでいたら、中にショウジョウバエが入っていた」という、オレよりもおいし・・・・・・・・ヒドイ目に遭った人もいた。
いやはや、物好きな連中というか何というか・・・・・・・・・・・・。
しかしながら、
そんな同期の連中の姿を見て、オレはちょっとだけ「この会社入って良かったな」と感じた。
入社する前は、「社会人になったら、学生時代にやっていたようなバカなマネはそうそう出来ないだろうし、何より、そんなものにノッてくるヤツもいないんじゃないか」と思っていたのだ。
でも、オレの同期は違っていた。
結局、彼らとは4ヵ月間にわたって研修で苦楽を共にしたのだが、その4ヵ月間は、どちらかと言えば楽しかったことの方が多かったような気がする。
それもこれも、たぶんいい同期に恵まれたからだろうと思う。
オレは、彼らのようなシャレの分かる連中が同期に多くいることを、
また、彼らと「さしみ定食」という共通の思い出(イヤな思い出だが)を持てたことを、
本当に嬉しく思っている。
ただ、
一つだけ、
一つだけ彼らに言いたいことがあるとするならば、
行くなよ。
「まずい」って言ってんだからさ。